今日は飲まないという先輩を呑みたくさせる

　六本木をふらふらと歩きながら、街路樹に突っ込んで身体の半分が茂みの中に埋もれた。目の前は真っ暗で、痛みとか恥ずかしさはなく、ただただ身体を起こす事だけを考えていた。「財布と携帯…」と、こんな状況でも持ち物確認を頭の中でしていた。真っ白のパーカーが左半身だけボロボロになっている。小さな葉っぱや砂利がついていたりしたけど、一生懸命、何も考えずに前に向かって歩く事だけを考えていた。深夜3時過ぎの東京は、少し雨が降っていて、人通りもなく、静かで気持ちが良かった。

「じゃあ夕方の六時半ごろに」という連絡の後にはすぐに別の話題で盛り上がっていたので、結局は場所も、もちろんお店も決まっていなくて、当日は本当にご飯に行くのだろうかと悩みながらシャワーに入っていた。「お店はこちらです。軽くつまんでおくね」という連絡が来たのが夕方六時ちょっと過ぎだったので僕は急いでタクシーに飛び乗った。小さな焼き鳥屋さんの扉を開けると、山田孝之が座っていたので大袈裟に「お疲れ様です！」と直角に頭を下げた。一年振りに二人きりで会う尊敬する大先輩は、髪が短くなっていて精悍な目で僕を見つめて、少しだけ笑ってくれた。ご飯を食べながら「前日に飲みすぎてしまった」と話す彼と同じ烏龍茶で僕たちは静かに盛り上がった。「最近芝居から離れている」という話をすると、山田さんは一緒に現在の僕の状況を考えてくれた。彼自身の昔話は、日本の映画ドラマファンにとっては堪らない内容ばかりだっただろう。「自分自身の精神状態や置かれている状況で、台本の読み方や受け取り方が変わる」という話は特に面白かった。

途中、タバコを吸いながら恋の話や、欲しいものの話とか、前に会った時よりも楽しく会話することが出来た。食事が終わり、山田さんだ席を外していたので生意気にも僕がお会計を済ませておいた。山田さんが「ありがとう、ごちそうさまです」と言ってくれた。「二件目の方が高くなりそうだったので先手を打っておきました」と白状して、僕らは次の店に向かった。二人で真面目な話ばかりしてもつまらないと言う山田さんが選んだのはスナックだった。店に入り、テキーラ１８００のソーダ割りを二つ貰い、乾杯をした。この飲み方は、山田さんが何年も前から広めようとしているらしい。カラオケのデンモクを取り出して、「歌いたくてウズウズしているんだろ」と僕に渡すので、僕は一発、終わりなき旅をぶちかました。喉が枯れているとか、恥ずかしいなんて関係のない話で、こういう時は大きな声で、踊りながら歌うというのが一番いい。そして本当にウズウズしているのは、山田さんの方だと言うことも、僕は知っていた。彼は一曲目に、さよならエレジーをチョイスした。良い先輩だな〜と思った。MVに出る菅田将暉と山﨑賢人のことをたくさん褒めていた。

段々と酔いがまわり、山田さんが奥から何やら怪しいボトルを見つけてきた。「仁のキープだけど、飲んで良いって言うから開けちゃおうぜ」と言って、曲を歌うたび、良い話で盛り上がるたびに乾杯する、地獄の時間が始まった。僕も好きな歌を入れて、山田さんも好きな歌を入れて、乾杯して飲んで、芝居の話をして、乾杯をした。「芝居論とか興味ないから」と熱くなった後は毎回そう言って、いろんなヒントをくれた。途中から「しょうちゃん」と呼んでくれるようになり、そのお店のオリジナルパーカーを二人分購入して、お揃いで着た。

山田さんの、重い作品の中からも溢れるエンタメ性の根幹に、少しだけ触れることが出来たと思う。そして、これからも芝居を通じて出会う人たちと、これまで出会ってきた人たちと、もっと深く会話ができるように、やはり芝居をしなければいけないのだと思う。その都度、悩んだり、壁にぶち当たる。「俺の孤独や困難を誰も理解できないだろう」と涙が止まらない夜もある。しかし間違いなく、今の僕には日本が誇る最強の先輩がついている。だから頑張れる、もっともっとあり得ない極限の世界の会話を、大好きな人とするために、困難な今日を何度だって超えていくんだと、そんなことを誓える、そんな夜だったんだ。